9/05/2026

低気圧と130の攻防:山あいの老犬と私の秋支度

 山あいの血圧計と、17歳の歩行訓練 ―― 秋の雨に寄せて

【起】窓の外は、数日前までの猛暑が嘘のような、しっとりとした銀色の雨に包まれている。標高の高いこの町に、秋は予告なしに、そして決定的な足取りでやってきた。気温は20度を下回り、肌をなでる風には冷涼な湿り気が混じる。

今朝の私の儀式は、お湯を沸かすことではなく、デジタル血圧計に腕を通すことから始まった。液晶に表示されたのは「130/84」。心拍数は77。悪くない、と言い聞かせたいところだが、来週には病院での「精査」という名の審判が待っている。
この数値が、私の秋のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を左右するのだ。


【承】私の横では、もうすぐ17歳になるレイクランド・テリアの相棒が、おぼつかない足取りで円を描いている。人間で言えば優に80歳を超えた彼にとって、この急激な気温低下はむしろ「追い風」らしい。夏の間、舌を出してぐったりしていたのが、冷気が漂い始めるとどこか誇らしげな表情を見せる。


しかし、彼の「足腰のポンコツ具合」は私といい勝負だ。筋力が衰え、自力で踏ん張ることが難しい。特に排泄には一定の歩行リズムが必要なのだが、外はあいにくの長雨。レインコートを着せ、支えるようにして庭へ連れ出す。
彼は震える脚で一歩ずつ、冷たい土の感触を確かめるように歩く。その姿は、自分の硬くなった関節を呪いながらストレッチをする私の姿と、滑稽なほど重なって見えた。


【転】分析家を気取って言わせてもらえば、我々二人の生命活動は、現在この山の気象システムに完全に支配されている。
雨が降れば散歩(という名の歩行訓練)はままならず、私の体は運動不足を察知して「もっと動け」と節々から悲鳴を上げる。血圧計の数字に一喜一憂するのは、私が自分の体を「管理可能な機械」だと思い込みたいからだろう。


だが、降圧剤という名の「外部プログラム」に頼る前に、私はもう少し抗ってみたい。塩分を控え、スクワットをこなし、愛犬の歩調に合わせて庭を巡る。
この、滑稽でいて必死な予防活動。老いゆえの「ガタ」を、秋の冷気とともに楽しむくらいの余裕が欲しい。愛犬が17歳の誕生日を目前にして、雨の中で懸命に尻尾を振る、その不屈の精神を少しは見習うべきなのだ。


【結】雨音が、屋根を叩く。この静かな山あいの家で、私たちは互いの心拍を感じながら、ゆっくりと冬へと向かう。来週の検査結果がどうあれ、明日もまた血圧を測り、愛犬の体を支えて庭へ出るだろう。


130という数字と、17歳という奇跡。それらが共存するこの静かな暮らしは、案外悪くない。温かいお茶を淹れよう。冷えた指先が、季節の変わり目をようやく受け入れ始めたようだ。

9/04/2026

小雨の懐中電灯と方位角80.6度。手術は嫌だと呟き、茜色の富士を仰ぐ朝

 タイトル:暗がりを照らす光と、秋へ傾く方位角

2026年9月4日、金曜日。

午前3時半、まだ街も空も深い眠りの中に沈んでいる時刻に目を覚ました。いつものように布団を抜け出し、静まり返った部屋で朝のルーティーンをこなす。腕を通して血圧計のスタートボタンを押すと、液晶画面に表示された数値は相当に高めだった。


無理もない。先日聞きに行った前立腺MRI検査の結果は思わしくなく、「3点」「4点」という疑いの数字とともに生検検査の提案を突きつけられていた。がんだと告げられることそのものに対する恐れは、不思議とそれほど大きくない。だが、切った張ったの手術を受けることだけは、どうしても気が進まないし、嫌なのだ。昨日からの落ち込みが、そのまま血圧計の数字に跳ね返っているのだろう。


けれど、いつまでも暗い顔をして座り込んでいても始まらない。今朝は気分一新、久しぶりに「朝活だより」のシャッターを切ろうと決め、愛用のカメラを肩に提げて玄関を出た。


表へ出ると、雨の予報はなかったはずなのに、肌を濡らすような小雨が降ったり止んだりを繰り返している。雨雲のせいだろうか、夜明けの訪れがやけに遅い。川沿いから池へと続くいつもの散歩道は一寸先も見えないほど真っ暗で、手にした懐中電灯の丸い灯りだけが頼りだ。これから季節が進むにつれ、家に着くまで灯りを灯し続けなければならない「暗い夜道の朝活」が始まるのだと、季節の移ろいを実感する。


ふと遠くの山並みへ目を凝らすと、驚いたことに富士山がその山肌をくっきりと現していた。雲の切れ間から差し込む朝焼けの茜色に染まり、地肌をさらした雄大な姿が、遠くの稜線の向こうに浮かび上がっている。季節は確実に、秋へと歩みを進めているらしい。


横田基地の金網沿いへと足を伸ばしてみるが、今朝の基地はひっそりと静まり返り、外来機の姿も見当たらない。持参した手作りの天然酵母クルミ入りパンをポケットから取り出し、もぐもぐとかじりながら歩みを続ける。香ばしいクルミの歯ごたえが、冷えた身体にじんわりと温もりを運んでくれる。


空を見上げると、日の出の時刻が遅くなると同時に、陽が昇る方角が日増しに東へと寄ってきていることに気づく。帰ってから調べてみたところ、今朝の日の出の方位角は80.6度。1か月前の67.9度から、確実に真東の90度へと近づいている。秋分の日が近づき、太陽はもう間もなく真東から顔を出すようになるのだ。



1時間30分の朝活ウォーキングを終え、無事に家へと帰り着いた。玄関を開ければ、妻の温かな声と、足元で小さく尻尾を振る愛犬のえちゃん(レークランドテリア)が迎えてくれる。


身体には様々なガタが来て、生検や手術といった嫌な選択肢に心は揺らぐ。それでも、茜色に染まる富士山を仰ぎ、暗がりを懐中電灯で一歩ずつ照らして歩いた今朝の1時間半は、確かに私の生きる力そのものだった。白黒の答えを急ぐ必要はない。今日という一日を、愛犬を膝に乗せ、カメラを磨きながら、ゆっくりと噛みしめて生きればいいのだから。



#SeniorLife #MorningWalk #AmateurPhotographer #MountFuji #LakelandTerrier #DailyReflections

Flashlight in the Drizzle and an 80.6-Degree Sunrise: Gazing at Crimson Fuji

Friday, September 4, 2026. 
At 3:30 AM, while the town remained draped in silent sleep, I woke up. Slipping out of bed, I went through my usual morning routine in the quiet house. Wrapping the cuff around my arm to measure my blood pressure, the monitor returned considerably high numbers.

It was hardly a surprise. The recent results of my prostate MRI were not favorable, presenting scores of 3 and 4 alongside the looming prospect of a biopsy.


 Strangely, the thought of cancer itself does not terrify me, but the prospect of surgery—of cutting and stitching—is something I deeply dread. The lingering dejection from yesterday clearly registered on the monitor's numbers.


Yet, sitting around wearing a gloomy expression solves nothing. Today, I decided to refresh my spirits, revive my "Morning Walk Diary" after a brief pause, and stepped out the door with my beloved camera on my shoulder.


Stepping outside, contrary to the forecast, a light drizzle fell intermittently. Perhaps because of the rain clouds, the dawn was arriving noticeably late. The familiar walking path leading from the riverside toward the pond was pitch dark, forcing me to rely entirely on the narrow beam of my flashlight. As autumn deepens, I realize the season has arrived where flashlight illumination will be needed until I reach my doorstep.


Glancing toward the distant mountains, I was astonished to see Mount Fuji revealing its rugged surface. Bathed in the crimson glow of the pre-dawn sky breaking through the clouds, its bare ridges appeared clearly beyond the distant peaks. Autumn is steadily making its approach.

Extending my walk along the perimeter fence of Yokota Air Base, the grounds were completely quiet, with no visiting aircraft in sight. Pulling a slice of homemade natural-yeast walnut bread from my pocket, I chewed on it as I kept walking. The savory crunch of walnuts gently brought warmth back into my chilly body.


Looking up, I noticed that not only is sunrise arriving later, but the sun's rising position has been drifting visibly eastward. Checking the numbers later at home, this morning’s sunrise azimuth was 80.6 degrees, compared to 67.9 degrees a month ago. With the autumnal equinox around the corner, the sun will soon rise due east at 90 degrees.

Completing my hour-and-a-half morning walk, I arrived home safely. Opening the door, I was welcomed by my wife’s warm voice and our Lakeland Terrier, Noe-chan, softly wagging her tail at my feet.


Aging brings its physical burdens, and choices like biopsies and surgeries weigh heavily on my mind. Yet, gazing at the crimson Mount Fuji and walking step-by-step through the dark with a flashlight this morning gave me a genuine pulse of life. There is no need to rush into simple black-and-white answers. Cradling my old dog on my lap and polishing my lens, I only need to live through today, slowly and mindfully.

9/01/2026

MRIの画像が3点・4点の宣告。前立腺がんの疑わしさで電車に揺られて帰る我が家へ。

 

一人揺られた路線バスの窓と、診察室の重たい数字

2026年9月3日、木曜日。 

午前3時半、まだ夜の気配が色濃く残る静まり返った部屋で目を覚ました。カーテンをそっと開けると、湿り気を帯びたぬるい空気が頬をかすめる。夏が名残惜しそうに居座りつつも、どこか秋の気配が混ざり始めた不安定な空模様だ。いつものように朝の身支度を整え、愛用のカメラを肩に提げて1時間半のウォーキングへと踏み出した。ファインダー越しに覗く横田基地沿いのフェンスも、夜明け前の静けさに沈む街並みも、いつもと何ひとつ変わらない。だが、私の胸の奥には、鉛を飲み込んだような冷たい塊がずっと居座っていた。今日は、先日受けてきた前立腺のMRI検査の結果を聞きに行く日だったからだ。

散歩から戻り、玄関を開けると、リビングの敷物の上で愛犬のえちゃん(レークランドテリア)が丸くなって静かに私を見上げていた。抱き上げると、腕の中に伝わる命の感触は羽のように頼りなく、4キロ前後の数値を思わせる。 「ちょっと行ってくるよ」 右目のイボのあたりを優しく撫でながら小さく声をかけると、妻が「気をつけて行ってらっしゃい」と台所から穏やかに送り出してくれた。

今日は車を使わず、一人でバスと電車を乗り継いで病院へと向かった。田舎の停留所でバスを待ち、定刻通りにやってきた車内に乗り込む。窓の外をぼんやり眺めながら駅へと向かい、そこからさらに電車へと乗り換える。通勤時間帯を少し過ぎた電車内には、それぞれの日常を生きる見知らぬ人々の姿があった。吊り革を握りしめながら、私はこれから告げられるであろう結果について、無意識のうちに最悪のシナリオと最善の希望を頭の中で行き来させていた。

病院に着き、受付を済ませて待合室の硬い椅子に身を沈める。消毒液の匂いと、淡々と番号を呼ぶアナウンス。やがて私の番が巡り、診察室のドアを引いた。デスクに向かう医師の手元には、先日私が身を縮めて受けたMRIの画像が鮮明に映し出されていた。

「MRIの結果ですが、3点、そして4点という評価がついています」

医師はモニターの一点をボールペンの先で指しながら、感情を挟まずに淡々と切り出した。「5段階評価のうち、このスコアは前立腺がんの疑わしさが高い状態を意味します」と。 1点や2点なら半年後の経過観察で済むが、3点や4点となれば話は別だという。画像だけでは確定診断はできないため、実際に前立腺に直接針を刺して細胞を採取する「生検」を行って白黒をつける必要がある、と医師は言った。この病院では日帰りが難しいため、2泊3日の検査入院になるとのことだった。もし本当にがんが存在し、放置してしまえば前立腺の中で大きくなったり、外側へ転移するリスクもあるという説明が静かに続いた。

「生検はあくまで検査であって、治療ではありません」 医師はそう前置きした上で、仮にがんが見つかった場合のロボット手術や薬物療法といった選択肢について触れ、「高齢であっても、適切に治療をすれば寿命にはあまり影響はありませんから、過度に心配しすぎないでください」と穏やかな口調で付け加えた。 そして最後に、こう告げられた。 「次回の診察までに、この2泊3日の生検を受けるか、あるいは一旦経過観察にするか、奥様とよく相談して方針を決めてきてください」

検査結果の紙を鞄にしまい、深々と頭を下げて診察室を後にした[cite: 1, 4]。病院を出ると、街の光はやけにまぶしく、残暑の空気がまとわりついてくる。 再び駅へ向かい、電車に揺られ、降りた駅のロータリーから自宅方面行きのバスへと乗り換えた。行きと同じ乗り継ぎのはずなのに、帰りのシートに身を沈める自分の身体は、行きよりもずっと重たく、そして頼りなく感じられた。バスの窓ガラスに映る自分の冴えない老いた顔を眺めながら、医師の言った「3点」「4点」「針」「入院」という言葉を何度も頭の中で反芻した。

だが、停留所を降りて我が家への坂道を上るうちに、胸のざわつきは不思議と静まっていった。玄関の鍵を開けると、奥のリビングから「おかえりなさい」という妻の声が響き、足元には4キロに満たない愛犬が、短い尻尾をちぎれんばかりに振って駆け寄ってきた。

「どうだった?」と尋ねる妻に、私は鞄から結果の書類を取り出し、診察室での医師の言葉を一つひとつ伝えた。 白黒をつけるための検査入院を受けるのか、それとも見送って様子を見るのか。二人で背負うべき選択肢が、目の前の食卓にぽつんと置かれた。 膝の上によじ登ってきたのえちゃんをそっと抱き上げる。手のひらに伝わる彼女の確かな温もりを感じながら、年を重ねるとは、こうした思いがけない不吉な影と、一つずつ丁寧に折り合いをつけていく作業なのだろうと思った。

一人でバスと電車に揺られ、重たい宣告を持ち帰った一日だったが、私には帰るべき場所があり、迎えてくれる妻と愛犬がいる。今夜は妻とゆっくり茶を飲みながら、これからのことを話そう。傍らで静かに寝息を立てる小さな命のためにも、私はまだ、ファインダーを覗き、生きていく日々を手放すわけにはいかないのだから。