9/04/2026

小雨の懐中電灯と方位角80.6度。手術は嫌だと呟き、茜色の富士を仰ぐ朝

 タイトル:暗がりを照らす光と、秋へ傾く方位角

2026年9月4日、金曜日。

午前3時半、まだ街も空も深い眠りの中に沈んでいる時刻に目を覚ました。いつものように布団を抜け出し、静まり返った部屋で朝のルーティーンをこなす。腕を通して血圧計のスタートボタンを押すと、液晶画面に表示された数値は相当に高めだった。


無理もない。先日聞きに行った前立腺MRI検査の結果は思わしくなく、「3点」「4点」という疑いの数字とともに生検検査の提案を突きつけられていた。がんだと告げられることそのものに対する恐れは、不思議とそれほど大きくない。だが、切った張ったの手術を受けることだけは、どうしても気が進まないし、嫌なのだ。昨日からの落ち込みが、そのまま血圧計の数字に跳ね返っているのだろう。


けれど、いつまでも暗い顔をして座り込んでいても始まらない。今朝は気分一新、久しぶりに「朝活だより」のシャッターを切ろうと決め、愛用のカメラを肩に提げて玄関を出た。


表へ出ると、雨の予報はなかったはずなのに、肌を濡らすような小雨が降ったり止んだりを繰り返している。雨雲のせいだろうか、夜明けの訪れがやけに遅い。川沿いから池へと続くいつもの散歩道は一寸先も見えないほど真っ暗で、手にした懐中電灯の丸い灯りだけが頼りだ。これから季節が進むにつれ、家に着くまで灯りを灯し続けなければならない「暗い夜道の朝活」が始まるのだと、季節の移ろいを実感する。


ふと遠くの山並みへ目を凝らすと、驚いたことに富士山がその山肌をくっきりと現していた。雲の切れ間から差し込む朝焼けの茜色に染まり、地肌をさらした雄大な姿が、遠くの稜線の向こうに浮かび上がっている。季節は確実に、秋へと歩みを進めているらしい。


横田基地の金網沿いへと足を伸ばしてみるが、今朝の基地はひっそりと静まり返り、外来機の姿も見当たらない。持参した手作りの天然酵母クルミ入りパンをポケットから取り出し、もぐもぐとかじりながら歩みを続ける。香ばしいクルミの歯ごたえが、冷えた身体にじんわりと温もりを運んでくれる。


空を見上げると、日の出の時刻が遅くなると同時に、陽が昇る方角が日増しに東へと寄ってきていることに気づく。帰ってから調べてみたところ、今朝の日の出の方位角は80.6度。1か月前の67.9度から、確実に真東の90度へと近づいている。秋分の日が近づき、太陽はもう間もなく真東から顔を出すようになるのだ。



1時間30分の朝活ウォーキングを終え、無事に家へと帰り着いた。玄関を開ければ、妻の温かな声と、足元で小さく尻尾を振る愛犬のえちゃん(レークランドテリア)が迎えてくれる。


身体には様々なガタが来て、生検や手術といった嫌な選択肢に心は揺らぐ。それでも、茜色に染まる富士山を仰ぎ、暗がりを懐中電灯で一歩ずつ照らして歩いた今朝の1時間半は、確かに私の生きる力そのものだった。白黒の答えを急ぐ必要はない。今日という一日を、愛犬を膝に乗せ、カメラを磨きながら、ゆっくりと噛みしめて生きればいいのだから。



#SeniorLife #MorningWalk #AmateurPhotographer #MountFuji #LakelandTerrier #DailyReflections

Flashlight in the Drizzle and an 80.6-Degree Sunrise: Gazing at Crimson Fuji

Friday, September 4, 2026. 
At 3:30 AM, while the town remained draped in silent sleep, I woke up. Slipping out of bed, I went through my usual morning routine in the quiet house. Wrapping the cuff around my arm to measure my blood pressure, the monitor returned considerably high numbers.

It was hardly a surprise. The recent results of my prostate MRI were not favorable, presenting scores of 3 and 4 alongside the looming prospect of a biopsy.


 Strangely, the thought of cancer itself does not terrify me, but the prospect of surgery—of cutting and stitching—is something I deeply dread. The lingering dejection from yesterday clearly registered on the monitor's numbers.


Yet, sitting around wearing a gloomy expression solves nothing. Today, I decided to refresh my spirits, revive my "Morning Walk Diary" after a brief pause, and stepped out the door with my beloved camera on my shoulder.


Stepping outside, contrary to the forecast, a light drizzle fell intermittently. Perhaps because of the rain clouds, the dawn was arriving noticeably late. The familiar walking path leading from the riverside toward the pond was pitch dark, forcing me to rely entirely on the narrow beam of my flashlight. As autumn deepens, I realize the season has arrived where flashlight illumination will be needed until I reach my doorstep.


Glancing toward the distant mountains, I was astonished to see Mount Fuji revealing its rugged surface. Bathed in the crimson glow of the pre-dawn sky breaking through the clouds, its bare ridges appeared clearly beyond the distant peaks. Autumn is steadily making its approach.

Extending my walk along the perimeter fence of Yokota Air Base, the grounds were completely quiet, with no visiting aircraft in sight. Pulling a slice of homemade natural-yeast walnut bread from my pocket, I chewed on it as I kept walking. The savory crunch of walnuts gently brought warmth back into my chilly body.


Looking up, I noticed that not only is sunrise arriving later, but the sun's rising position has been drifting visibly eastward. Checking the numbers later at home, this morning’s sunrise azimuth was 80.6 degrees, compared to 67.9 degrees a month ago. With the autumnal equinox around the corner, the sun will soon rise due east at 90 degrees.

Completing my hour-and-a-half morning walk, I arrived home safely. Opening the door, I was welcomed by my wife’s warm voice and our Lakeland Terrier, Noe-chan, softly wagging her tail at my feet.


Aging brings its physical burdens, and choices like biopsies and surgeries weigh heavily on my mind. Yet, gazing at the crimson Mount Fuji and walking step-by-step through the dark with a flashlight this morning gave me a genuine pulse of life. There is no need to rush into simple black-and-white answers. Cradling my old dog on my lap and polishing my lens, I only need to live through today, slowly and mindfully.

9/01/2026

MRIの画像が3点・4点の宣告。前立腺がんの疑わしさで電車に揺られて帰る我が家へ。

 

一人揺られた路線バスの窓と、診察室の重たい数字

2026年9月3日、木曜日。 

午前3時半、まだ夜の気配が色濃く残る静まり返った部屋で目を覚ました。カーテンをそっと開けると、湿り気を帯びたぬるい空気が頬をかすめる。夏が名残惜しそうに居座りつつも、どこか秋の気配が混ざり始めた不安定な空模様だ。いつものように朝の身支度を整え、愛用のカメラを肩に提げて1時間半のウォーキングへと踏み出した。ファインダー越しに覗く横田基地沿いのフェンスも、夜明け前の静けさに沈む街並みも、いつもと何ひとつ変わらない。だが、私の胸の奥には、鉛を飲み込んだような冷たい塊がずっと居座っていた。今日は、先日受けてきた前立腺のMRI検査の結果を聞きに行く日だったからだ。

散歩から戻り、玄関を開けると、リビングの敷物の上で愛犬のえちゃん(レークランドテリア)が丸くなって静かに私を見上げていた。抱き上げると、腕の中に伝わる命の感触は羽のように頼りなく、4キロ前後の数値を思わせる。 「ちょっと行ってくるよ」 右目のイボのあたりを優しく撫でながら小さく声をかけると、妻が「気をつけて行ってらっしゃい」と台所から穏やかに送り出してくれた。

今日は車を使わず、一人でバスと電車を乗り継いで病院へと向かった。田舎の停留所でバスを待ち、定刻通りにやってきた車内に乗り込む。窓の外をぼんやり眺めながら駅へと向かい、そこからさらに電車へと乗り換える。通勤時間帯を少し過ぎた電車内には、それぞれの日常を生きる見知らぬ人々の姿があった。吊り革を握りしめながら、私はこれから告げられるであろう結果について、無意識のうちに最悪のシナリオと最善の希望を頭の中で行き来させていた。

病院に着き、受付を済ませて待合室の硬い椅子に身を沈める。消毒液の匂いと、淡々と番号を呼ぶアナウンス。やがて私の番が巡り、診察室のドアを引いた。デスクに向かう医師の手元には、先日私が身を縮めて受けたMRIの画像が鮮明に映し出されていた。

「MRIの結果ですが、3点、そして4点という評価がついています」

医師はモニターの一点をボールペンの先で指しながら、感情を挟まずに淡々と切り出した。「5段階評価のうち、このスコアは前立腺がんの疑わしさが高い状態を意味します」と。 1点や2点なら半年後の経過観察で済むが、3点や4点となれば話は別だという。画像だけでは確定診断はできないため、実際に前立腺に直接針を刺して細胞を採取する「生検」を行って白黒をつける必要がある、と医師は言った。この病院では日帰りが難しいため、2泊3日の検査入院になるとのことだった。もし本当にがんが存在し、放置してしまえば前立腺の中で大きくなったり、外側へ転移するリスクもあるという説明が静かに続いた。

「生検はあくまで検査であって、治療ではありません」 医師はそう前置きした上で、仮にがんが見つかった場合のロボット手術や薬物療法といった選択肢について触れ、「高齢であっても、適切に治療をすれば寿命にはあまり影響はありませんから、過度に心配しすぎないでください」と穏やかな口調で付け加えた。 そして最後に、こう告げられた。 「次回の診察までに、この2泊3日の生検を受けるか、あるいは一旦経過観察にするか、奥様とよく相談して方針を決めてきてください」

検査結果の紙を鞄にしまい、深々と頭を下げて診察室を後にした[cite: 1, 4]。病院を出ると、街の光はやけにまぶしく、残暑の空気がまとわりついてくる。 再び駅へ向かい、電車に揺られ、降りた駅のロータリーから自宅方面行きのバスへと乗り換えた。行きと同じ乗り継ぎのはずなのに、帰りのシートに身を沈める自分の身体は、行きよりもずっと重たく、そして頼りなく感じられた。バスの窓ガラスに映る自分の冴えない老いた顔を眺めながら、医師の言った「3点」「4点」「針」「入院」という言葉を何度も頭の中で反芻した。

だが、停留所を降りて我が家への坂道を上るうちに、胸のざわつきは不思議と静まっていった。玄関の鍵を開けると、奥のリビングから「おかえりなさい」という妻の声が響き、足元には4キロに満たない愛犬が、短い尻尾をちぎれんばかりに振って駆け寄ってきた。

「どうだった?」と尋ねる妻に、私は鞄から結果の書類を取り出し、診察室での医師の言葉を一つひとつ伝えた。 白黒をつけるための検査入院を受けるのか、それとも見送って様子を見るのか。二人で背負うべき選択肢が、目の前の食卓にぽつんと置かれた。 膝の上によじ登ってきたのえちゃんをそっと抱き上げる。手のひらに伝わる彼女の確かな温もりを感じながら、年を重ねるとは、こうした思いがけない不吉な影と、一つずつ丁寧に折り合いをつけていく作業なのだろうと思った。

一人でバスと電車に揺られ、重たい宣告を持ち帰った一日だったが、私には帰るべき場所があり、迎えてくれる妻と愛犬がいる。今夜は妻とゆっくり茶を飲みながら、これからのことを話そう。傍らで静かに寝息を立てる小さな命のためにも、私はまだ、ファインダーを覗き、生きていく日々を手放すわけにはいかないのだから。

8/27/2026

動かない便座と3.9キロのため息。雨雲の下で格闘したリモコンと愛犬の朝

 タイトル:3.9キロの軽さと、動かない便座がくれた長い朝

2026年8月27日、木曜日。

午前3時30分、静まり返った部屋でいつものように目が覚める。暗闇の中で体を起こし、朝のルーティーンをこなして1階へ下りる。カメラを手に外へ飛び出す前の身支度を整え、出発前の儀式としてトイレのドアを開けた。
しかし、そこで小さな「事件」が起きた。

便座の前に立っても蓋が開かない。ボタンを押しても、うんともすんとも言わず、水すら流れてくれないのだ。機械の気まぐれか、それとも寿命か。70代の年金暮らしにとって、突然の家電や住宅設備の不具合ほど心臓に悪いものはない。だが、今は朝活の時間が迫っている。直したい気持ちをぐっと抑え、とりあえずそのままにして玄関を出た。

いつものコースを歩く1時間半のウォーキング。ファインダー越しに朝の光や街の気配を捉えようと試みるものの、頭の片隅にはずっと「動かない便座」の姿が居座っていた。

帰宅早々、カメラを置いてトイレへ直行した。電池切れを疑ってテスターを当ててみるが、電池には何の異常もない。原因が分からないまま、妻(バーさん)が木曜恒例の買い物へと出かけていったため、私は留守番役を引き継ぐことになった。


リビングには、愛犬のレークランドテリア、のえちゃんが横たわっている。 今朝の彼女はどうにも元気がない。朝食を少し戻してしまったらしく、いつものように尻尾を振って駆け寄ってくることもない。抱き上げて体重計に乗せてみると、液晶画面の数字は「3.9kg」を示していた。ついに4キロの大台を切ってしまった。

腕の中に伝わる彼女の体は、抱き上げるたびに頼りなく、羽のように軽くなっていく。目に見えて減っていく体重と、元気をなくした小さな背中。歳を重ねるにつれ、心配事は減るどころか、ひとつ、またひとつと確実に増えていく

何かしてやりたくても、言葉を持たない老犬に対して、私にできるのはただ静かに見守り、背中を撫でてやることくらいだ。どうしようもない無力感が、胸の奥を重く締めつける

そんな重苦しい気持ちを振り払うように、私は再びトイレのリモコンと向き合った。精密ドライバーを取り出し、リモコンをばらばらに分解する。基板の端子を磨き、わずかに浮いていた赤錆を丁寧に落とし、接点をひとつずつ確かめていく。ボケ防止の手先のリハビリだと思えば、この無心になれる作業も悪くはない。

しばらくして妻が両手いっぱいの買い出し袋を抱えて帰宅した。「ちょっと試してみてくれ」と頼み、組み直したリモコンを壁のホルダーに取り付けてボタンを押してもらうと——カチリと音がして、何事もなかったかのように便座が静かに動き、水が流れた。
「治った!」

思わず妻と顔を見合わせて息を吐き出した。機械は直ったが、老犬の体調への心配と、細かい分解作業の集中で、どっと全身の疲労が押し寄せてきた。


ふと窓の外を見上げると、鉛色の雨雲が空を低く覆い、今にも大粒の雨が落ちてきそうだ。午後はずっと雨になるのだろうか。

雨の日は外に出られない。だが、3.9キロの小さな命に寄り添い、一緒に静かな午睡をむさぼる口実にはちょうどいい。動くようになったトイレと、傍らで微かに寝息を立てる老犬。

思い通りにいかないことだらけの日常だが、今日という一日をやり過ごすための小さな灯りは、まだちゃんと灯っている。



Thursday, August 27, 2026.

At 3:30 AM, I woke up in the quiet room as usual. I got up in the dark, finished my morning routine, and headed downstairs. Before grabbing my camera and stepping out into the pre-dawn air, I opened the bathroom door for my usual pre-departure habit.

That was when a small "incident" occurred. Standing in front of the toilet, the lid refused to open. Even when I pressed the buttons, it remained completely silent, and not a drop of water would flush. Was it a sudden mechanical glitch or simply old age? For a pensioner in his seventies, sudden malfunctions in home fixtures are quite stressful. However, my morning walk could not wait, so I left it as it was and walked out the front door.

During my usual hour-and-a-half walk, I looked for morning scenes through my camera lens, but the image of that unresponsive toilet lingered in the back of my mind.

Returning home, I immediately put down the camera and headed straight for the bathroom. Suspecting dead batteries, I tested them, but they were perfectly fine. With the root cause still unknown, my wife headed out for her Thursday grocery shopping, leaving me to watch over the house.

In the living room, Noe-chan, our Lakeland Terrier, lay quietly. She lacked energy this morning and seemed to have brought up her breakfast. When I gently placed her on the scale, the digital readout showed "3.9 kg"—she had finally slipped below the 4.0 kg mark.

Each time I lift her, her body feels lighter, almost feather-like in my arms[cite: 1, 2]. As the years pile on, worries do not diminish; they quietly multiply.
With an old dog who cannot speak, all I can do is watch over her and stroke her back. A quiet sense of helplessness weighed on my heart.

To shake off the heavy gloom, I sat down to tackle the remote control. Taking a precision screwdriver, I disassembled the unit completely. I polished the contacts and carefully cleaned away traces of rust.
Treating it as hand-rehabilitation to keep my mind sharp, the focused work brought a strange sense of calm.

When my wife returned with grocery bags, I reassembled the remote, mounted it on the wall, and asked her to test it. With a soft click, the seat operated smoothly, and water flushed perfectly.

"It's fixed!"

We smiled at each other, but the combined exhaustion from worrying over Noe-chan and doing delicate repairs suddenly caught up with me. Outside, dark rain clouds hung low, threatening downpours throughout the afternoon.
Yet, beside a small 3.9-kilogram life breathing softly, spending a quiet rainy afternoon together felt like the gentlest way to live through today.


8/25/2026

熱中症アラートの青空と新宿への単車線。妻の知恵をナビに乗せて挑むMRIの朝

 タイトル:酷暑のステアリングと、単車線で目指す新宿の病院

2026年8月25日、火曜日。
朝一番からじりじりと容赦のない日差しが降り注ぎ、肌を刺すような熱気が窓越しにも伝わってくる。テレビの画面には「熱中症警戒アラート」の文字が赤々と点滅していた。
今日はかねて予定されていた病院の通院日、あの無機質な機械の中に身を沈めるMRI検査の当日である。普段であれば電車やバスを利用するところだが、この猛暑である。

冷房の効いた車内自体は快適そのものとはいえ、そこに至るまでの炎天下の駅のホームや、日陰のないバス停での待ち時間を想像しただけで、70代の身体は悲鳴を上げてしまう。
熱中症で倒れてしまっては元も子もない。そう思い、今日はやむなく愛車を出して向かうことに決めた。

とはいえ、田舎暮らしの身にとって、車で大都会・新宿の雑踏へ乗り込むのはなかなかに骨が折れるし、正直なところ少し怖い。
何車線も入り乱れる幹線道路や、目まぐるしく車線変更を繰り返す都会の車の流れを思うと、出発前から気後れしそうになる。

そんな私の不安を察したのか、妻――我が家の「バーさん」が助け舟を出してくれた。「無理して広い道を走らなくても、一般道の単車線を選んで、前の車についてトコトコ安全運転で行けばいいじゃない」と。

なるほど、それもそうだ。スピードを競うわけでもなし、慣れない複車線で冷や汗を流すより、のんびりと一本道をマイペースに進む方がずっと性に合っている。妻の生活の知恵というものは、いつだって一番頼りになるナビゲーションだ。

出発まで、あと一時間。 足元では、相変わらず愛犬のえちゃん(レークランドテリア)が静かに丸くなり、出発前の私の落ち着かない気配をじっと見守っている。彼女の柔らかな温もりに触れて心を落ち着かせ、冷たい水で喉を潤す。年を重ねるごとに増えていく病院の予定も、新宿の複雑な道路も、一つずつハンドルを握りしめて慎重に越えていけばいい。

さあ、キーを回そう。安全運転で、新宿の病院へと舵を切る。今日という一日を無事にやり過ごすために。

8/24/2026

夜霧が告げる暑い一日と4.1キロのぬくもり。明日のMRIを控えた、noeちゃんとの静かな格闘

 タイトル:4.1キロの命を抱いて、霧の朝から明日の検査へ

2026年8月24日、月曜日。 朝の静けさの中、いつものように靴紐を結び、愛用のカメラを肩に掛けていつものコースへと足を踏み出した。


きっかり1時間30分の朝活ウォーキング。ファインダー越しに見る横田基地の風景には、淡い夜霧が低く漂っていた。この時間帯の霧は、日中に厳しい暑さがやってくる確かな予兆だ。季節が秋へと移ろう前に、夏が最後の熱を吐き出そうとしているかのようだ。

家に戻ると、妻は買い物へと出かけていった。ここからは、愛犬のえちゃん(レークランドテリア)と私の二人きりの留守番時間が始まる。


だが、今日の彼女はどうにも落ち着きがない。布団に入ってもなかなか寝付いてくれず、庭に出たがってはクンクンと鼻を鳴らし、部屋に戻っては抱っこをせがむ。抱き上げて背中をさすり、横になって添い寝をしてみるが、浅い息のまま寝返りを繰り返すばかりだ。

腕の中に伝わる彼女の体は、以前よりもまた少し軽くなったように感じられた。「また痩せたかな」と思いながら妻に確認してみると、体重は4.1キロとのことだった。かつての張りのある重みが、手のひらから少しずつすり抜けていくような、静かな喪失感が胸をかすめる。

ふと彼女の顔を覗き込むと、右目のイボから血が滲み、固まった血の塊が小さな瞳を半分ふさいでいた。痛々しいその姿をぬるま湯で湿らせた布でそっと拭いながら、老いていく命の切なさに言葉を失う。


午前3時半に起き出したせいか、この時間になると容赦のない強烈な眠気が頭を揺らす。ぼんやりとする頭を叱咤しながら、私は明日の病院行きの準備を始めた。明日は午前11時から病院でのMRI検査の予約が入っている。

手帳をめくると、今週も来週も病院通いの予定がびっしりと並び、その先には入院の文字まで控えている。歳を重ねるとは、これほどまでに病院や検査という「嫌なこと」との折り合いをつけ続けることなのかと、苦笑いが漏れる。


明日のMRI検査で少しでも良い結果が出てくれれば、この先の重苦しい予定も少しは軽くなるのかもしれないが、今はただ待つしかない。
4.1キロの小さな命をもう一度膝に乗せると、ようやく安心したのか小さな寝息が聞こえてきた。明日のことは明日考えればいい

ファインダーを覗き、愛犬を抱き、今日という一日を丁寧にやり過ごす。それこそが、今の私にできる精一杯の日常なのだから。