いつもなら規則正しく動き出すはずの我が体内時計が少々狂い、朝活の出発は午前4時半へとずれ込んだ。まだ夜の気配が濃密に淀む川沿いへと足を伸ばし、狭山池方面を目指して川を上る。
ポケットの中で光るiPhone。近頃の私は、この文明の小箱に完全に操られている。画面を開けば『ポケモンGO』のモンスターが跳ね回り、『ピクミン ブルーム』の花びらが舞う。結果、早朝のウォーキングは亀の歩みより鈍重になり、時速にして2キロ出ているかすら怪しい。
ゲームのミッションをこなす老人の姿は、傍から見ればデジタルネイティブの先端を走るハイテクシニアに見えるかもしれない。だが現実は、スマホの画面に目を奪われて段差につまずきそうになる哀れな年金生活者である。
いつもの基地方面へと足を向けると、空から冷たいものが落ちてきた。小雨の降る米軍基地は白い霞に覆われ、フェンスの向こうはまるで映画のセットのように幻想的に煙っている。
「まるで冷戦時代のスパイ映画だな。雨煙に煙る軍事境界線と、極秘任務を遂行するエージェント……」 濡れそぼりながら帰宅し、勝手口で出迎えた妻の妻に熱っぽく語ってみたが、タオルを手にした妻の返答は無慈悲を極めていた。
しかも途中でうずくまる野鳥に人生を投影し、雨が降っても傘すら差さずにゲームを続行する始末。 足元を見れば、16歳の我が家の老犬が、濡れそぼった私の靴下を怪訝そうにフガフガと嗅ぎ、すぐに興味を失って自分の定位置へと丸くなった。
「お前は賢いな。雨の日にわざわざ外へ出て、架空の草花を植えに行くような真似は絶対にしないもんな」 冷え切った身体に熱いシャワーを浴びせながら、自分の滑稽さに思わず笑いがこみ上げてきた。
着替えて居間に戻れば、服もしっとり、髪もしっとり。体力をつけたかったのか、それとも無駄に消耗したかったのか、もはや自分でも判然としない。 それでも、小雨に霞んでいた基地のフェンスや、夜明け前の街角でじっと寒さに耐えていた小さなヒヨドリの姿が、妙に鮮明な余韻を残している。
大した発見もない、ただ濡れて帰ってきただけの早朝散歩。けれど、まあ、これがここでの私の愛すべき日常なのだ。 窓の外では、ようやく白み始めた秋雨の空が、静かに雨粒を滴らせていた。





