6/09/2026

山鳴りの彼方へ、瑠璃色を求めて

 夜明け前の山道は、いつも少しだけ冷たくて、ほんのりと土の匂いがする。東京の喧騒から逃れて六年、この冷たさにもずいぶん慣れた。愛車のハンドルを握り、ヘッドライトが切り裂く闇の奥をじっと見つめる。時には遠くへ一人旅。今日の目的は、昔出会ったあの鮮やかな瑠璃色に、もう一度会うことだ。

高速道路を降り、車幅ぎりぎりの林道へ入ると、サスペンションが悲鳴を上げた。年金暮らしの身には少し厳しいガタガタ道だが、これもまた「探鳥」の儀式のようなものだ。目的地に着いた頃、ようやく空の白らみが木々のシルエットを浮かび上がらせ始めた。

カメラを肩に食い込ませ、息を殺して山へ入る。最近、ニュースを騒がせている熊の影が頭をよぎり、少しだけ背筋が寒くなるが、足は止まらない。老体に鞭打って斜面を登る。聞こえるのは、自分の荒い息遣いと、風が葉を揺らす音だけ。


どれくらい歩いただろう。ふと、木立の向こうで澄んだ声が響いた。チーリー、チーリー。

立ち止まり、息を潜める。視線の先、若葉の緑に縁取られた枝に、一筋の瑠璃色が止まっていた。オオルリだ。昔見た時と同じ、ハッとするほど美しい青。慌てて三脚を立て、ファインダーを覗き込む。震える指でシャッターを切った。カシャッという音が、静かな山に吸い込まれていく。


モニターに映し出されたその姿を確認し、小さく息を吐いた。これだけ撮れれば、もう十分だ。ファインダー越しに、ただ懸命に生きる小さな命と対峙する。この瞬間のために、私は重い機材を担いで山を歩いているのだ。

帰りの下り坂は、心なしか足取りが軽い。一般道へ降り、道の駅に立ち寄る。妻へのお土産に、地元の野菜と小さな饅頭を買った。レークランドテリアの愛犬は、饅頭の匂いを嗅ぎつけて尻尾を振るだろうか。

帰路の車内、スピーカーから流れる古い曲を聴きながら、今日の瑠璃色を思い出す。人生の夕暮れ時に、こうしてまた一つ、美しい記憶をカメラと心に刻むことができた。「お疲れさん、俺」。誰に言うでもなく呟いた言葉は、エンジン音に掻き消された。




"The mountain path before dawn is always a little cold, carrying a faint scent of the earth. Six years have passed since I escaped the hustle and bustle of Tokyo, and I've grown quite accustomed to this chill."
 
"Gripping the steering wheel of my beloved car, I stare intently into the depths of the darkness torn apart by the headlights. Sometimes, a solitary journey far away. Today's goal is to meet again that brilliant lapis lazuli color I encountered long ago."

"Getting off the highway and entering a narrow forest road just wide enough for the car, the suspension let out a scream. The bumpy road is a bit harsh for someone living on a pension, but this is also like a ritual for 'birdwatching'."

"By the time I reached the destination, the dawn sky finally began to highlight the silhouettes of the trees."

"With the camera strap cutting into my shoulder, I hold my breath and enter the mountain. The shadow of the bears that have been making the news lately crosses my mind, sending a slight shiver down my spine, but my feet don't stop."

"I whip my old body and climb the slope. All I can hear is my own heavy breathing and the sound of the wind rustling the leaves."
"How long have I walked? Suddenly, a clear voice echoed beyond the grove. Chee-ree, chee-ree."

"I stop and hold my breath. Ahead of my gaze, on a branch framed by the green of young leaves, perched a streak of lapis lazuli. The Blue-and-white Flycatcher. The same breathtakingly beautiful blue as when I saw it long ago."

"In a panic, I set up the tripod and look through the viewfinder. I released the shutter with trembling fingers. The clicking sound was absorbed into the quiet mountain."

"I checked the figure displayed on the monitor and let out a small breath. This is enough for me. Through the viewfinder, I face a small life living desperately."

"For this moment, I carry heavy equipment and walk in the mountains."
  
 "The steps down the mountain on the way back feel somewhat lighter. I get down to the public road and stop by a roadside station. I bought local vegetables and small steamed buns as a souvenir for my wife."
  
"I wonder if our beloved Lakeland Terrier will wag his tail catching the scent of the steamed buns."

"In the car on the way home, listening to an old popular song on the radio, I remember today's lapis lazuli."  
  
"In the twilight of my life, I was able to engrave another beautiful memory in my camera and my heart."

"'Good job, me.' The words I muttered to no one in particular were drowned out by the sound of the engine."




6/08/2026

レークランドテリアと私の、朝のルーティーン

雨の朝。こんな日は朝活のウォーキングもカメラの出番もなく、当然SNSやブログに上げる写真もない。「ネタがないぞ」とぼやきつつ、高齢者の朝はそれでも無情に早く始まる。

きっちり午前4時に目を覚まし、とりあえず書斎のPCで予定を確認する。年金貧乏の身に大したイベントなどあるはずもないのだが、画面を眺めてスケジュールを確認するフリをするだけでも「ボケ防止」の立派なルーティーンだ。

6時半になると、体にしみついたラジオ体操の時間がやってくる。会社員時代からの名残で、一時期はサボっていたものの、病気入院後の15年ほど前に一念発起して再開した。今ではこれがないと、どうにも体のポンコツ具合が悪化する気がして、1日たりとも欠かせない。

7時に朝食を済ませ、1回目の薬を渋々飲み込んでトイレへ。そしてここからが、我が家の愛犬、年老いたレークランドテリアへの手厚い奉仕の時間である。


まずはオーラルケア。老眼に鞭打って歯石を取り、右、左と順に歯を磨き上げる。続いてアイケア。先日、結膜炎なのか右目がふさがるほど腫れ上がった時は婆さんと大慌てしたが、今では毎朝の目やに取りと点眼が欠かせない日課となった。右目、そして左目。これでようやく、私とワンちゃんの朝の儀式が終わる。


ちなみに私の2回目の薬は、初回からきっちり2時間後と決められているため、9時半前後のお楽しみ(?)として待機中だ。今日は雨で私も出かける用事がないため、いつも以上に老犬の健康チェックに念を入れてしまった。我ながらすっかり犬の下僕である。

ふと二階の窓から外を眺めると、田舎町の空が少しずつ明るくなってきた。雨音が止み、雲間から光が覗きそうな気配がある。

「おっ、晴れてきたな」

日が差せば、また愛車に乗ってふらりと見知らぬ街へ出かけたくなる。私の老後の毎日は、どうやら空模様と犬の機嫌、そして薬の時間に支配されているくらいが丁度いいらしい。

6/07/2026

熊が出た、関東地方も やがて我が街にも

 

関東地方も、今日からとうとう梅雨入りだそうだ。

夕方からポツポツと降り出した雨は、夜になって遠慮のない本降りへと変わった。

屋根を叩く雨音を聞きながら、「これで明日の朝活は堂々とサボれるな」と、

ホッと胸を撫で下ろしている自分がいる。

私のポンコツな身体と同じで、雨の日は無理をしないのが長生きの秘訣というものだ。


今朝はまだ天気が持っていたので、いつもの朝活へ、横田基地方面へ朝活スタート。

ファインダー越しに覗く本日の外来機駐機場は、C17が2機にチャーター機が1機。

ずっと奥の方にKC135らしきシルエットが2つ見えたが、

私の老眼のせいか、はたまた霞のせいか確証は持てない。

まあ、正体不明の謎が残るくらいが、朝活のロマンというものだ。


帰宅してテレビをつけると、

栃木県宇都宮市の市街地にクマが出現したと大騒ぎしていた。

都会にクマとは物騒な世の中になったものだ。

クマも生きるのに必死なのだろうが、こちらも乏しい年金で細々と生き抜いている身、

お互い鉢合わせだけはご免被りたいものである。


ふと足元に目をやると、我が家の老犬、

レークランドテリアが丸くなって大人しく寝息を立てている。

実は今日、この子の前脚の動きが少し悪くなっていることに気がついた。

飼い主に似て、あちこちガタが来ているらしい。

「お前も俺も、すっかりポンコツになっちまったなぁ」と、

寝顔に向かって小声で話しかける。

それでも今夜は痛がる様子もなく、穏やかに眠ってくれているのがせめてもの救いだ。

明日の朝活は雨でお休み。

雨音をBGMに、今夜は老犬の寝息を聞きながら、少しばかりのんびり過ごそうと思う。

今日も無事に、そして平凡に一日が終わる。これが何よりの幸せなのだろう。


※校閲と画像は Google Gemini AI がお手伝い

6/06/2026

落ちた梅の実と、土曜の朝の散歩道

血圧計の液晶画面に浮かぶ「144」と「85」という数字を、ぼんやりと眺める。

良くも悪くもない、いわば「中の出来」といったところか。

血圧のわずかな変動に一喜一憂するのも、

70代という年齢の特権であり、哀しい習性かもしれない。

私は小さく息を吐き、首から愛用のカメラを下げて、土曜の朝活へと家を出た。

都内からこの少し不便な田舎町に移り住んで、もう6年になる。

越してきた当初は驚いたものだ。

早朝の交差点、青信号なのに猛スピードで突っ込んでくる軽自動車。

黄色はためらいなく、赤ですら涼しい顔で通り抜けていく。

今日もまた、私が歩き出そうとした目の前を、


一台の軽自動車が悪びれもせずにすっ飛んでいった。

昔なら顔を紅潮させて腹を立てていたはずだが、

今では「ああ、またか」と、やり過ごす術を身につけてしまった。

昼間になれば、今度は同世代の高齢者マークをつけた車が、

横断歩道も一時停止も無いかのように通り過ぎる。

田舎の朝活とは、車との知恵比べであり、安全な裏道を探す小さな冒険なのだ。


気を取り直して、学校の脇を抜け、小さな川沿いの小道を歩く。

人影はない。土曜日だからか、それとも皆まだ夢の中なのか。

冬になれば、大きなレンズを抱えて野鳥を追う里山も、夏はめっきり静かになる。

いや、正確には静かではない。ガビチョウやオナガといった外来種の甲高い声が、

むせ返るような緑の中に響き渡っている。

スズメやシジュウカラの控えめな声をかき消すように、

最後はカラスが「カァ、カァ」とけたたましく鳴いて、朝の空気を震わせた。

里山を抜け、春の花が終わった道を歩いていると、

路肩に無数の梅の実が転がっているのに気がついた。


誰にも拾われることなく、土に還っていく青い実。

この土地の人にとっては、もう厄介者でしかないのだろうか。

その丸い実の無骨な姿に、ふと自分たち老夫婦の姿を重ねてしまい、

少しだけ胸がチクリとした。



6.5キロ、一時間半の道のり。ちょうどいい疲れが足の裏にある。

今日は基地のフェンス越しに外来機を見ることはできなかったが、

午後のサイクリングの楽しみに取っておくとしよう。妻と老犬の待つ我が家へ、

私はまたゆっくりと歩き出した。

6/05/2026

金網越しに見える駐機場 朝活

 基地の方面への朝活が、すっかり日課になった。


曇り空の日が多いのと、早朝の散歩ではカメラの出番もないため、

自然と基地の方へと足が向くのだ。

日課とまでは言わないが、金網越しに見える駐機場の機体を自然と数えてしまう。 

今日見えたのは、C-2輸送機が1機、C-17輸送機が1機、

KC-135空中給油機が2機の計4機だった。

昨日に比べてずいぶんと数が減ってしまったが、

ただ立ち寄っていただけなのだから、当然といえば当然だろう。


基地には、C-5大型輸送機「ギャラクシー」がお尻を向けて駐機していた。

 ここを通るたびに、その後ろ姿(巨大なT字の尾翼)が

ゴルゴ松本の「命」のポーズに見えてしまい、思わず一人で微笑んでしまう。

いつもそんなくだらないことを思いながら、この道を歩いている。


基地方面への朝活は、家を出てから6km強、時間にして1時間と少しの道のりだ。

 カメラを持たない手ぶらの散歩では、

腕を大きく振って「イチ、ニ、イチ、ニ」と一人でリズムをとって歩く。


実は昨日、「私と同年代のシニア世代は、何を楽しみに生きていけばいいのか」

とAIに尋ねてみた。その回答に完全に納得したわけではないが、

もらったアドバイスを少しは心に留めつつ、残りの人生を生きてみようかと思っている。