一人揺られた路線バスの窓と、診察室の重たい数字
2026年9月3日、木曜日。
午前3時半、まだ夜の気配が色濃く残る静まり返った部屋で目を覚ました。カーテンをそっと開けると、湿り気を帯びたぬるい空気が頬をかすめる。夏が名残惜しそうに居座りつつも、どこか秋の気配が混ざり始めた不安定な空模様だ。いつものように朝の身支度を整え、愛用のカメラを肩に提げて1時間半のウォーキングへと踏み出した。ファインダー越しに覗く横田基地沿いのフェンスも、夜明け前の静けさに沈む街並みも、いつもと何ひとつ変わらない。だが、私の胸の奥には、鉛を飲み込んだような冷たい塊がずっと居座っていた。今日は、先日受けてきた前立腺のMRI検査の結果を聞きに行く日だったからだ。

散歩から戻り、玄関を開けると、リビングの敷物の上で愛犬のえちゃん(レークランドテリア)が丸くなって静かに私を見上げていた。抱き上げると、腕の中に伝わる命の感触は羽のように頼りなく、4キロ前後の数値を思わせる。 「ちょっと行ってくるよ」 右目のイボのあたりを優しく撫でながら小さく声をかけると、妻が「気をつけて行ってらっしゃい」と台所から穏やかに送り出してくれた。

今日は車を使わず、一人でバスと電車を乗り継いで病院へと向かった。田舎の停留所でバスを待ち、定刻通りにやってきた車内に乗り込む。窓の外をぼんやり眺めながら駅へと向かい、そこからさらに電車へと乗り換える。通勤時間帯を少し過ぎた電車内には、それぞれの日常を生きる見知らぬ人々の姿があった。吊り革を握りしめながら、私はこれから告げられるであろう結果について、無意識のうちに最悪のシナリオと最善の希望を頭の中で行き来させていた。
病院に着き、受付を済ませて待合室の硬い椅子に身を沈める。消毒液の匂いと、淡々と番号を呼ぶアナウンス。やがて私の番が巡り、診察室のドアを引いた。デスクに向かう医師の手元には、先日私が身を縮めて受けたMRIの画像が鮮明に映し出されていた。
「MRIの結果ですが、3点、そして4点という評価がついています」
医師はモニターの一点をボールペンの先で指しながら、感情を挟まずに淡々と切り出した。「5段階評価のうち、このスコアは前立腺がんの疑わしさが高い状態を意味します」と。 1点や2点なら半年後の経過観察で済むが、3点や4点となれば話は別だという。画像だけでは確定診断はできないため、実際に前立腺に直接針を刺して細胞を採取する「生検」を行って白黒をつける必要がある、と医師は言った。この病院では日帰りが難しいため、2泊3日の検査入院になるとのことだった。もし本当にがんが存在し、放置してしまえば前立腺の中で大きくなったり、外側へ転移するリスクもあるという説明が静かに続いた。

「生検はあくまで検査であって、治療ではありません」 医師はそう前置きした上で、仮にがんが見つかった場合のロボット手術や薬物療法といった選択肢について触れ、「高齢であっても、適切に治療をすれば寿命にはあまり影響はありませんから、過度に心配しすぎないでください」と穏やかな口調で付け加えた。 そして最後に、こう告げられた。 「次回の診察までに、この2泊3日の生検を受けるか、あるいは一旦経過観察にするか、奥様とよく相談して方針を決めてきてください」
検査結果の紙を鞄にしまい、深々と頭を下げて診察室を後にした[cite: 1, 4]。病院を出ると、街の光はやけにまぶしく、残暑の空気がまとわりついてくる。 再び駅へ向かい、電車に揺られ、降りた駅のロータリーから自宅方面行きのバスへと乗り換えた。行きと同じ乗り継ぎのはずなのに、帰りのシートに身を沈める自分の身体は、行きよりもずっと重たく、そして頼りなく感じられた。バスの窓ガラスに映る自分の冴えない老いた顔を眺めながら、医師の言った「3点」「4点」「針」「入院」という言葉を何度も頭の中で反芻した。
だが、停留所を降りて我が家への坂道を上るうちに、胸のざわつきは不思議と静まっていった。玄関の鍵を開けると、奥のリビングから「おかえりなさい」という妻の声が響き、足元には4キロに満たない愛犬が、短い尻尾をちぎれんばかりに振って駆け寄ってきた。

「どうだった?」と尋ねる妻に、私は鞄から結果の書類を取り出し、診察室での医師の言葉を一つひとつ伝えた。 白黒をつけるための検査入院を受けるのか、それとも見送って様子を見るのか。二人で背負うべき選択肢が、目の前の食卓にぽつんと置かれた。 膝の上によじ登ってきたのえちゃんをそっと抱き上げる。手のひらに伝わる彼女の確かな温もりを感じながら、年を重ねるとは、こうした思いがけない不吉な影と、一つずつ丁寧に折り合いをつけていく作業なのだろうと思った。
一人でバスと電車に揺られ、重たい宣告を持ち帰った一日だったが、私には帰るべき場所があり、迎えてくれる妻と愛犬がいる。今夜は妻とゆっくり茶を飲みながら、これからのことを話そう。傍らで静かに寝息を立てる小さな命のためにも、私はまだ、ファインダーを覗き、生きていく日々を手放すわけにはいかないのだから。