2026年8月12日、水曜日。
今日の天気は雨のち曇りである。夜通し降り続いた雨の音を布団の中から聞きながら、私は朝のルーティンの中止を静かに悟った。この地域に越してきてから、これほど本格的な大雨を肌で感じたのは初めてのことかもしれない。進路図を確認すると、台風はどうやら私たちの地域の真上を通過したようだ。迷走し逆走する台風のおかげで、昨夜から今朝にかけては珍しく涼しい空気に包まれていた。
淡々と朝のルーティンを済ませた後、いつものように血圧を測る。画面には「142の86」、心拍数「66」と表示された。昨日に比べると、今日は血圧がほんの少し高いようだ。これもまた、低気圧という見えざる力が、私の体内にある海に波風を立てている証拠なのかもしれない。今日は台風の影響で一日中雨の予報が出ている。外の世界が雨粒のベールに覆われている日は、自分の内面に意識を向ける時間が与えられたのだと考えるようにしている。
午後、妻が美容院へ出かけたため、私は静まり返った家の中で、老犬と二人きりで留守番をしている。窓の外の世界は少し明るくなったように思えるが、果たして本当に雨は上がったのだろうか。ふとニュースに目を向けると、今週末から来週前半にかけて、また別の台風が同じような経路を辿ってやってくるという。
ため息がこぼれた。来週の初めには、私の前立腺がんの検診と、犬の病院での健診が控えている。どちらも決して外すことのできない重要な予定だが、空模様ばかりはどうなるかわからない。私の病院への道のりは、電車とバスを利用することになる。犬は車で向かうので、何事もなく無事に終わってくれればと願うばかりだが、それでも不安が頭をもたげてくる。
立ち上がろうとした時、膝に鈍い痛みが走った。雨が降って湿度が高くなると、決まってこの関節が痛むのだ。いつだったか、主治医は「加齢によるものですね」と、まるで今日の天気予報を読み上げるようにあっさりと告げた。サポーターを巻かなければならないほどの痛みではないが、注意しようと自分に言い聞かせる。
身体の痛みとは、ある種の無音のSOSのようなものかもしれない。教室の片隅で膝を抱え、誰からも声をかけられずにうつむいている子どもたちのように、私の膝もまた、長い年月をかけて蓄積された疲労を痛みという形で静かに訴えかけているのだ。大人の社会はしばしば、そうした小さな痛みを「加齢」や「仕方のないこと」という言葉で片付けてしまう。しかし、最終的にその痛みに耳を傾け、優しく撫でてやることができるのは、自分自身しかいないのである
足元で丸くなる愛犬の柔らかな背中を撫でながら、私は次にやってくる台風の風音を想像する。私たちの命はすべて、それぞれの台風の目の中にぽつんと取り残された、脆く小さな存在にすぎない。それでも、雨上がりの空に微かな光を探すように、痛みを抱きしめながら一歩ずつ前に進むしかないのだ。きみのその小さな身体もまた、見えない星からのささやかな光を受け止めながら、今日という日を精一杯生きているのだから。
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